第2回 成田地区の環境条件調査からみえてきたこと

成田地区「風土性調査」レポート|環境デザイナー 廣瀬俊介

「自然との共生」「地域との共生」を理念として掲げる坂元植林の家が、その理念をさらに家づくりで具現化していくために、2018年から2年という時間をかけて、建築家の山田貴宏さん、環境デザイナーの廣瀬俊介さんと、「成田プロジェクト」と呼ぶ地域の風土性調査を行いました。その調査成果をもとに構想し他のが、新しいモデルハウスの「さとのえ」です。
廣瀬さんにまとめていただいた成田プロジェクトの調査報告書の内容を、一部を抜粋し平易な表現に置き換えながら公開する連載の第2回目。今回は、「さとのえ」が位置する成田地区の自然環境について、地理学的な文献調査をもとにした報告を、読者の皆様にも共有します。(もりのわ編集部)

(連載の第1回目をお読みになりたい方はこちら

⒈ 柴田町と「さとのえ」が建つ計画対象地の位置

柴田町は、宮城県柴田郡に属し、阿武隈川が 白石川と合流して阿武隈山地 (割山丘陵) と陸前丘陵 (高館丘陵) の間を抜けて太平洋へ流れ出るところに立地しています。計画対象地 (さとのえの所在地)である柴田町成田坂元脇地内は同町西部の成田地区に位置しています。

図3 柴田と成田地区の位置

国土地理院「地理院地図」https://maps.gsi.go.jp を廣瀬加工、2019年

 ⒉ 柴田町、成田地区周辺の地質と地形

柴田町は、阿武隈山地の北端に接しています。この端部から、那須火山東麓より阿武隈山地西縁に沿って北へ流れる全長239kmの阿武隈川が東側の宮城野海岸平野へ抜け、太平洋へ注ぎます。阿武隈山地は、北へいくにつれて標高が下がり、畑川断層と双葉断層の間が陥没して角田盆地が形成され1)、阿武隈川はここへ流れ込み、槻木低地で白石川と合流して太平洋へ向かいます(図4)

4 柴田町周辺の表層地質
国立研究開発法人産業総合研究所地質調査総合センター「地質図Navihttps://gbank.gsj.jp/を廣瀬加工、2019

 

阿武隈山地の東縁、畑川断層から東側は、北上山地南部と合わせて地質構造区分では南部北上帯と分類されます。南部北上帯は、古生代前期、約5億年前から45千年前にかけて、その多くが南半球にあったゴンドワナ大陸の北縁でつくられ、その後同大陸の分裂に伴い北上してきたものです2) 。 約13千万年前には海洋プレートが深く沈み込むことで発生したマグマによる火山活動が、北海道西 部から北上山地を通って阿武隈山地まで続く一帯で起こり、約12千年前頃にマグマは地下深くで冷え固まって花崗岩類となり、それが阿武隈山地北端の二つの断層沿いと白石低地、槻木低地を挟んだ北側、羽山北斜面や高館丘陵南東端に分布しています。

1) 経済企画庁総合開発国土調査課局「縮尺20万分の1 土地分類図付属資料 (宮城県) 1972年、9
2)
永広昌之監修・廣瀬俊介「南三陸の風土と生きる」『南三陸の森里海』山 内明美「文部科学省科学研究費助成金事業」2017年、10-11
4に表記した地質区分の形成時代A 古生代 後期デボン紀〜ぺルム紀シスウラリアン世:38270万年前〜27295万年前B 中生代 前期白亜紀 アプチアン期〜アルビアン期:12500万年前〜150万年前C 新生代 古第三紀 漸新世 チャッティアン紀〜新第三紀 中新世 アキタニアン紀 :2782万年前〜2044万年前D 新生代 新第三紀 中新世 バーディガリアン紀〜前期ランギアン期前期 :2044万年前〜1597万年前〜1382万年前 (ランギアン期)E 新生代第四紀完新世:1780万年前〜現在出典: 国際層序委員会「国際年代層序表」20187http://www.geosociety.jp/uploads/fckeditor//name/ChronostratChart_jp.pd

 

図5 成田地区周辺の地形分類

出典:1:25,000 土地分類基本調査図 (地形分類図̶岩沼) 」宮城県、1982
5凡例 A 緩斜地B 傾斜地 C 急斜地 D 後背湿地 E 自然堤防 F 旧河道 G 造成地

 

成田地区は、阿武隈川が阿武隈山地と高館丘陵の間を抜ける箇所の背後の谷が埋積したできた槻木低地の最奥部に位置しており、谷底平野とこれを囲む槻木丘陵から地形が構成されています。標高は、最高部である羽山の223.0mから谷底平野の5.6mまでの間にあり3) 、槻木丘陵のこの範囲は、概ね緩斜地と急斜地の中間的な斜度のある傾斜地に占められています。成田地区における槻木丘陵の表層地質は、羽山の頂部に新生代古第三紀から新第三紀にかけて形成された安山岩・玄武岩 (または溶岩・火砕岩に分 類4) )、北斜面に中生代前期白亜紀に形成された花崗閃緑岩・トーナル岩が分布していて、他には、新生代新第三紀中新世に形成された砂岩・泥岩からできています。一方で、谷底平野は、侵食谷が堆積物で埋められているものです。成田地区は、開放的な大空間に隣接していながら入れ子状の盆地状低地が存在するという、特徴的な空間的変化があります。これは、宮城野・亘理海岸平野と阿武隈山地、高舘丘陵の列が明確に地形を区分け、その一角から阿武隈川が抜け出したすぐ奥に槻木低地があり、同低地を囲む槻木丘陵に放射状に穿たれた谷の群の一つとして成田地区があることによります。

) 国土地理院「地理院地図」https://maps.gsi.go.jp) 岩石の分類には、岩石の組成と組織を基準にした分類と岩石の成因を成因 を基準にした分類がある。火砕岩は、火山活動で放出された砕屑物が固結してできた岩石で、柴田町周辺には火山灰を主体とする凝灰岩を中心に、 火山灰を主体として火山岩塊や火山礫を含む凝塊角礫岩が一部分布する。 凝灰岩は、槻木凝灰岩層を構成し、「古くから『槻木石』とか『富沢石』とか よばれて、古くから建築用の角材として用いられてきた。(中略) 現在でも、柴田町赤柴地区の2ヶ所で、農家の副業として採掘が続けられている」。 出典: 生出慶司・藤田至則「地域地質研究報告 5万分の1図幅 秋田 (6) 108岩沼地域の地質」地質調査所、1975年、26頁 地質特性をもとに「農家の副業として採掘」されたことは、柴田町周辺における生業の営まれ方の特性として注目される。

 

3 柴田町、成田地区周辺の土壌

丘陵地の土壌は、主に第三紀以降の火山性物質からできています。これは、西縁に奥羽山脈(那須火山帯の一部を成す) がある宮城県下全体に共通しています。奥羽山脈周辺部には黒ボク土壌が分布し、平野部に近くなると褐色森林土壌が見られるようになります。また、一般に尾根などの乾燥した環境のもとで生成される乾性褐色森林土壌(赤褐系) が広く分布し7) 、(さとのえの)計画対象地もその範囲に含まれています。この土壌の広範な分布は、この地域が海洋性気候の影響を受けて温暖で雨が少ない気候であることにも関係している可能性が想定できます。

 

図6 成田地区周辺の土壌

出典:1:25,000 土地分類基本調査図 (土壌図̶岩沼) 」宮城県、1982
6 凡例 A 褐色森林土壌 (赤褐系) (高館1 1-b/高館3) B 耕地土壌/ 褐色森林土壌 (小坂統) C 乾性褐色森林土壌 (槻木統) D 細粒グライ土壌 (富曽亀統) E 低位泥炭土壌 (長富統)

 

谷底平野および低地では、阿武隈川左岸の自然堤防の背後に泥炭を主とする後背湿地が分布していることが特徴的です。当該地域に広く分布する低位泥炭土壌 (長富統) は主にアシ(葦)などの植物の残骸です。泥炭は「すくも」と呼び、燃料用に売られていた時期がありました8) 。 ただし、計画対象地では丘陵の鞍部が切り開かれ平坦な土地に造成されています。現状は、標高25m強の地点で表層が深さ約4mの粘土層に覆われ、その下部に基岩として泥岩、砂岩・泥岩互層が位置することが地質調査からわかっています9)

7) 経済企画庁総合開発国土調査課局前掲書、14
8) 2019
129日に行った踏査において平間泰夫氏 (株式会社サカモト) に聞く。泥炭は乾燥させて燃料としたという。参照: 安田徹也「近世民家の燃料について」『建築史学』63、建築史学会、 2014年、69-70
9)
株式会社サカモトの情報提供に基づく

⒋ 柴田町周辺の気候

左;図7-1 柴田町と周辺における四季の降水量と日照量の比較
右:図7-2 柴田町と周辺における月別気温日較差比較 (同左)

廣瀬写図、2019年 出典: 柴田町史編さん委員会編『柴田町史 通史篇 I』(柴田町、1989年)6

 

柴田町は、南北に連なる阿武隈山地と高館丘陵の東縁から奥まったところに位置していますが、その一面で、海岸部の岩沼市と同様に太平洋の影響を受けて海洋性気候を呈しています。白石川流域の上・中流域の気候と比べて、はっきりした違いが見られます。降水量と日照量は、同川の上流から下流にかけての変化が際立ちます (7-1) 。七ヶ宿町関、白石、柴田、岩沼の比較では、降水量はいずれも夏に最大となりますが、岩沼、柴田は、夏・秋の降水率が年降水量の65%を超え、関では55%です。冬は、降水率が上流ほど高くなり、日照量の割合は、関の18.8%から岩沼の21.7%まで総じて低いものの下流ほど高くなっています。 気温日較差(最高気温と最低気温の差)は、関が暖かい時期(7-2・下半分) に、 柴田と岩沼が寒い時期 (同・上半分) に大きくなります。水域は陸域に比べて熱容量が大きく、基本的に地上気温の変動が小さく収まる。柴田と岩沼では、寒い時期に内陸部と異なって気温低下が海に抑えられた上に太陽熱による気温上昇があり、日較差が比較的大きくなります。暖かい時期は、太陽熱が海に吸収され、日中の気温上昇が内陸部より抑えられ、最低気温時に気温低下も抑えられて日較差が比較的小さく10)なります。

10) 柴田町史編さん委員会同書、4-7

 

風向き図:四季別風向

昭和 32-46 (1957-1971) 大河原局地農気象観測所。出典 : 柴田町史編さん委員会同書、1418 ( 廣瀬写図、2019 )

 

「どの季節も第一位の風向は西風 (春・秋・冬) か東風 () となっている。一年間を通して、全部の風向の上位を選ぶと、一位、西風 27.6%、二位、南西風 19.5%、 三位、東風 15.5% でこの三風向のみで62.1% を占め (中略) 東風と西風の卓越している地域である」(柴田町史より転載)。冬季の西風には蔵王連峰を越して吹き下ろす季節風と関係しており、亘理観測所の観測値11) (9月から 4月に西風、5月から8月に南東風が卓越 ) とも対応します。

11) 出典 : 気象庁ウェブサイト|気象統計情報 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/nml_amd_ym.php?prec_no=34&block_no=0257&year=&month=&day=&view

⒌ 柴田町、成田地区周辺の植生

8 成田地区周辺の植生

出典:1:50,000 植生図̶村田・岩沼・亘理・大河原」環境省、199-20042005-
8 凡例 A アカマツ群落 B ススキ群団 C クリコナラ群集 D スギ・ヒノキ・サワラ植林 E ケヤキ二次林 F 竹林 G 果樹園 H 畑雑草群落 I 水田雑草群落 J ヨシクラス K オギ群集 L ヤナギ高木群落

 

宮城野・亘理海岸平野に面した阿武隈山地、高舘丘陵の境目から奥へ入り込んだ槻木低地とこれを囲む槻木丘陵からなる地質・地形、土壌に、太平洋や蔵王連峰の影響を受けた気候が重なり、柴田町、成田地区周辺の物理的環境はかたちづくられています。 こうした条件下で、自然には常緑広葉樹を主体とする暖温帯広葉樹林が形成され、柴田町東部を限る阿武隈川右岸、角田市小坂地内に常緑広葉樹林のウラジロガシ群落、柴田町南部に接する同市神次郎地内にイヌシデアカシデ群落、村田町菅生、亘理町愛宕前地内にシキミモミ群集がそれぞれ自然植生として残っています12) 。 その他は人間活動によって改変され、柴田町の森林面積の約57.4%を針葉樹林、約42.6%を広葉樹林が占めています12) 。ただし、成田地区周辺ではスギ・ヒノ キの植林内に自生するカヤ、ケヤキ、ヤマザクラ、クリ、ケンポナシなどを残して木材とし、その生長過程においてこれらの木々を利用する生物が生息できる保持林業的森林管理が行われています13) 。こうした人工林の縁に果樹が植えられ、畑、水田と、地形と土壌水分量の変化に則して各種農地が営まれています。

12) 環境省植生図「岩沼」「亘理」による。シキミモミ群集では、常緑針葉樹 モミ、カヤなどが優占する下層に常緑広葉樹のシキミ、アセビ等が生育する。 13) 宮城県「宮城県南部地区森林計画書」2015年、57頁掲載の市町村別 森林資源表による。
13)
柿澤宏昭・山浦悠一・栗山浩一『保持林業』築地書館、2018年、11-16

(第3回に続く)