第1回 環境デザインと、風土を調べること

成田地区「風土性調査」レポート|環境デザイナー 廣瀬俊介

—成田字平城内の農地。南向きの緩斜面上に排水、作業のための土地改良の手が最低限加えられる (廣瀬 2019)

 

連載のはじめに

坂元植林の家では、長年、理念として掲げてきた「自然との共生」「地域との共生」の理念を、さらに家づくりで具現化していくために、創業110年を迎えた2018年から2019年にかけて、建築家の山田貴宏さん、環境デザイナーの廣瀬俊介さんと、「成田プロジェクト」と呼ぶ地域の風土性調査を行い、その調査成果をもとにした「まちのえ」「さとのえ」という新しいモデルハウス の建築を進めてきました。

「成田プロジェクト」という名称の成田は、「坂元植林の家」が拠点を置く宮城県柴田郡柴田町の地区名です。この地で明治初期から植林事業を始め、それ以来、山を守り続けています。成田プロジェクトは、暮らし方と地域や自然との関係性をどのように結び直していくと良いのか」を考え、形にしていくための基礎とすべく、あらためて成田地区の風土を調べ、学びあう取組みです。

この連載では、廣瀬さんにまとめていただいた調査報告書の内容を、一部を抜粋し平易な表現に置き換えながら公開して、読者の皆様へも共有していきます。これは「坂元植林の家」の企業活動としての成果ではありますが、それ以上に「地域で共有すべき基盤」でもあると考えているからです。お住まいの地域との向き合い方や、これからの暮らしをお考えになる際の手がかりの1つとなれば幸いです。(もりのわ編集部)


—2021年11月「さとのえ」敷地内にて外来植物の除去についてレクチャーと除去作業を行う

⒈ はじめに —私が専門とする「環境デザイン」について

私は、環境デザインを生業としています。広い意味での環境には、私たちを取り巻くさまざまなものやことが含まれますが、環境デザインの対象は主に建物の屋外の環境である公園や広場や街路などです。デザインの目的は、単にあるものの形を整えることではありません。本当に人間のためになるようにそのもののあり方や機能を総合的に問い、それに基づいて計画、設計することがデザインであると私は考えます。

そのようにデザインを行おうと思うと、どうすれば「人間のためになる」のか検討する必要が生じます。それには、人間について知ることはもちろんですが、人間が生きる上で欠かせない自然についてくわしく知ることや、各地域で自然と人間の関係がどう密接に結ばれ、しかし近代工業化によってその関係がどう変わってきたかなどを確かめることが大切です。

これらのことを、地理学や生態学、人類学、民俗学、社会学、経済学といった各領域の研究成果を参考に、できるだけ広く、深く調査を行い、地域の自然と人間の関係に織りなされてできた環境の全体像をある程度つかみ、そこにふさわしい部分をかたちづくれるように環境デザインを行うことを毎回目標としています。

⒉ 成田地区 風土性調査の概要について

ここからは、成田プロジェクトで私が担当した風土性調査をまとめた報告書(正式名称:「成田の自然とつながる暮らし方」基礎調査報告書)をもとにお伝えしていきます。

調査の目的
報告書では、成田地区で、人間は自然とどのように関わり合って生活してきたのか、そして、その中で培われてきた物の見方や考え方、知識や技術を調べ、持続社会構築の参考として読み込み、記録し、公開していくことを、調査の主要目的としました。また、その調査に基づいて、生態学的な視点からも検討し、当地区における生態学的な土地利用のあり方を検討し、「さとのえ」の外構の基本計画に活かすことを目的としています。

調査の背景
成田地区の自然は(他の地域でももちろんそうですが)、たとえば大きくは太陽系から細かくは微生物まで、さまざまなものやことが集まって成り立ち、変化しています。こうした自然の中で、水の循環は生物が生きることを支えながら他の物質の循環を保つ重要な役割を担っています。循環の途中、空から大地へ降った雨は地表を流れ、地中に一度染みて再び地表へ染み出たりしながら集まり、流れる力を強めて川をつくり、海へ注ぎます。このような河川水系とそこへ水が集まる範囲を指して「集水域」と言いますが、それはまさに地域の物質循環系の単位と考えられます。

—成田地内の谷底平野。周囲の丘陵地から五間川へ水が集まる。
2018/09/26 撮影

 

「坂元植林の家」の事業を行う株式会社サカモトが立地する成田地区には五間堀川の源流部があり、地区の範囲がそのまま源流部の集水域となっています。その中で、株式会社サカモトとその母体である坂元植林株式会社は、1908年の創業以来、林業を通して人工林を利用管理し、そこでは、スギ・ヒノキの植林を主としながら、その他の樹木を残し、建設業を組み合わせて人々が木材を利用する機会を増やすなど、水とその他の物質循環を保ち、生物の生存を支え、もって治山治水にも貢献してきました。それにより、地域気候保全の効果ももたらされてきたと考えられます。

こうした企業活動がもたらす持続社会構築への貢献度を測り、さらにそれを高めるために何ができるかを探るべく、株式会社サカモトが立地し、五間堀川源流部の集水域に当たり水・物質循環系の最小単位とも見なせる成田地区を対象に「成田の自然とつながる暮らし方」調査を計画し実施しました。

 調査の項目
この集水域を意識して調査計画を立て、踏査(現地調査)、文献調査、聞き取り調査を行いました。調査項目については、前項で書いた環境デザインに対する私の考え方の中で「地理学や生態学、人類学、民俗学、社会学、経済学といった各領域の研究成果を参考に」と書きましたが、同様に、建築学的項目と生態建築学的項目を中心に複数の領域を跨ぎながら調査を進めました。少し難しい言葉も入りますが、調査項目を箇条書きで紹介します。

A 建築学的項目:・集落構造と自然的要因の関係・住まいの構造 (建物、道、井戸等の配置 / 家の間取りなど)・建物や暮らしの設え、素材とその用い方

B 生態建設工学的項目:・農地や森林、河川に見られる伝統的建設技術・伝統的建設技術が施された箇所の生態環境としての評価

C 地理学的項目:・地質・地形分類、モデルハウス計画対象地の微地形・土壌・集水域 (広域: 阿武隈川下流域 / 近隣: 五間堀川)・気候、モデルハウス計画対象地の微気象・海象 (海流や海水温の気候への影響)・各年代の空中写真判読・土地利用の変遷・交通体系

D 考古学・歴史学的項目:・遺跡 / 史跡の分布・海進と海退

E 生態学的項目:・植生と生態環境単位の分布・動物 (定着する動物 / 移動する動物)

F 民俗学的項目:・暮らしの知恵、技術・なりわいの知恵、技術・家族と地域、自然の関係・古い写真の判読・伝統的作物など・民間医療その他の民俗知識

G 宗教学的項目:・寺社と祭礼・民間信仰と講

H 社会学的項目・暮らしやなりわいに関係した地縁・相互扶助の仕組み・生活世界の像 (ひいては風土の像) の観られ方

次回は、地理学的文献調査をもとに、柴田町と柴田町成田地区の大地の成り立ちや植生などについて、基礎調査の成果をご報告します。