伝統技術を守り、伝え、新しい挑戦を続ける家づくり

鈴木幸也(技術部次長)・結城伸一(大工班リーダー)・佐藤利彦(大工班)

2023年4月に竣工した「さとのえ」は、見学会や体験ワークショップで訪れてくださった多くの方々が、その木組みの美しさと、空間の心地よさをとても気に入ってくださっています。完成までを、丁寧に、確実に、ゆっくりと進めてきた「さとのえ」の工事。多くの職人の手仕事の技術と協力者の皆様に支えられての完成ですが、その中心がサカモトの社員大工の存在です。

さかのぼること1年と少し前に、足場が外れたばかりの母屋のロフトの木の香り漂う空間で、技術部次長の鈴木幸也さん、社員大工の結城伸一さん(大工班リーダー)と佐藤利彦さん(大工班)に、お話を伺いました。その記録を公開します。これから、さとのえ見学会などに参加される際に、ぜひあわせてお読みいただければ幸いです。(もりのわ編集部)

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左から:鈴木幸也さん、結城伸一さん、佐藤利彦さん

もりのわ編集部(以下編集部):さとのえも足場が外れて、その姿が現れました。感慨深いものがあるのではないでしょうか?

鈴木:現場で一番嬉しいというか楽しい瞬間は、やはり足場を外した時と養生が取れた瞬間。やはり気持ちいいものです。もうすぐ完成だなというところもあるし、今まで隠れていた部分がすっかり見えてくるので、とても達成感を感じる瞬間ですね。クリーニングや引き渡しの時より、なぜか理由は分からないですけど、私にとっては嬉しい瞬間です。

結城:そうですね。私たちはずっと現場に入っているので、足場を外した瞬間はもちろん「ああ仕上がったな」という感じはあるんですけど、やはりこういう木の家だと特に、ある程度の家財道具が入って、人がそこで生活を始める瞬間に立ち会えると、人も家も両方が生きてくるなというようなことを感じて、感慨深いですね。

佐藤:足場が外れると、ついに出来たんだというような感じで嬉しいですよね。自分たちは作るほうなので、住む人がどういう住み方をするのかも、少し気になるようなところはあります。

編集部:そうですよね。施主さんが住まい始めてから、ご自宅に行く機会などはありますか?

結城:木の家の性質上、木は動きますから、軋むとかいうところがあると聞くと、ときどき見に行かせてもらいます。そうして、人が生活している空間を見ることができる時も喜びを感じる時間ですね。テーブル一つでも施主さんがこだわったものが置いてあると、家財道具も家も両方、お互いが引き立て合うみたいな印象を受けるんです。それも嬉しいですね。

編集部:なるほど、住む人の暮らしあっての家、家あっての暮らし、ですよね。鈴木さんは、現場監督という立場で、さとのえの建築を牽引していらっしゃいますが、気をつけていることとか、大切にしていることとか、その辺りを教えてください。

鈴木:ここのモデルハウスもそうですが、一般のわれわれが作っている住宅は、もちろん設計がいて、作る職人さんがいて、あとわれわれ現場監督がいて、大きく分けるとこの三者がいて成り立っている感じなんですけど。

通常、現場監督という仕事は、安全管理だったり原価管理だったり品質管理というのが大きな仕事の三つになるのですが・・・。これは私の感覚なんですが、私たちがやっている仕事は設計半分工事半分みたいな。現場監督でももちろん図面を描いて、納まりの詳細図を検討して、設計と打ち合わせをして、現場に渡す。意匠設計、意匠図面から施工図に落として、現場に落としてやることが、とても重要な仕事になってくるので。

手仕事で木の家を作るにあたっては、やはり規格の住宅ではなく、一つ一つがオーダーメードなので、どういうふうにして納めていくかが高い技術力が必要なところです。設計だけが良くても駄目だし、大工さんだけ良くても駄目なので。イメージ的には、われわれのような現場監督がその中間にいるような感じです。 だから意匠的にもいいように、そして現場にも、現場がきちんと施工できるように橋渡しをしてやるのが、われわれ現場監督の仕事。その会社によって現場監督にはいろいろな仕事があると思うんですけど、サカモトの現場監督はそういう感じです。

編集部:だから、こういうふうに細部にわたってクオリティーが保たれる家づくりが可能になってくるんですね。そういった現場での監督のやり方のようなものは、坂元の中でスズキさんが、こういうふうに自分が動いていったほうがいいとか、こういう話し合いを重ねたほうがいいとか、ご自分の経験で体得されてきた・・・?

鈴木:はい。例えば、図面を現場の職人さんにただ渡すだけでは、さとのえのような家づくりはできないですね。やはりもっともっと深く、いろいろなことを検討したり施工するように、しっかりと打ち合わせをしたりしなければ駄目だと思います。全ては経験です。誰に教わったとかではなくて、いろいろな経験をして、こうしなければ駄目だったなという反省をもとに、私の中では今こういう形がベストなのかなと思っています。まだもちろん改善点はいろいろあると思いますし、やらなければならないところは多いと思いますが。行き着くところはそういった感じかなと。

編集部:図面を基にして作っていくときに、現場合わせというか、本当に良い家にするためにはこうだよねと話し合うことも多いわけですね。

鈴木:ほぼそうですね。そういうことの積み重ねですね。図面どおりにはいかないところもあるので。図面ではこうなっているけれど、こうしたほうがいいとか、寸法をこういうふうに直したほうがいいとかという話で、しっかりとコミュニケーションをとる。ただやっぱり、図面をもとに事前に検討して現場に入ることもとても大切。それができないと現場はなかなか進まないし、行き当たりばったりの工事になってしまうので。

編集部:大工さんの役割もとても重要ですね。

鈴木:はい。なので、サカモトは社員大工という制度をとっています。ここがガッチリしていないとなかなかうまくいかないですし。私は、社員大工の結城さんと佐藤くんを信頼しているので、何かあれば相談や報告の連絡がくるというスタンスでいて、それでもやはり現場でいろいろ調整してもらうところは多いです。

社員として大工さんに入ってもらっている工務店やハウスメーカーは少ないと思います。請負で、個人でやっている大工さんに仕事があるときに頼むのがほとんどですね。うちは、社員大工の他に請負でお願いする大工さんも、もう20年以上とか、ずっと専属でうちでやってもらっている方ばかりですね。

大工という職業を選んで・・・

編集部:結城さんと佐藤さんは、どんな経緯で大工の道に入られたんでしょうか。

結城:私は今46歳で、出身が山形の天童です。うちの親父が大工なんです。でもだからと言って大工になろうと思っていたわけではなくて、最初は、目標としては公務員になりたかったんです。退職後の生活までいろいろ考えたら、公務員が良いかな、と。進路相談で担任の先生に話したら、コネはあるのか?と聞かれて。コネはないですと言ったら、ちょっと難しいと思うよと言われて。初めてそこで現実の一端を知って目標を失ったというか・・・。

高校を卒業する少し前、自由登校という期間があって、その期間に、大工の親父が持っていた現場についていったんです。それがきっかけで、言い方はあれですが、なあなあで大工の道に入ってしまったという感じなんですよ。ずっと親父と一緒に仕事をしていくんだろうなと思っていたのですが、うちの親父と付き合いのある工務店さんがあって、親父から「おまえは行け」と言われて、そこで働くことになりました。

あとから聞いた話なんですが、そこの社長、私の師匠になる人なんですが、私が来た時に「こんなやさおとこは、3カ月で辞めるだろう」という印象を持ったそうです。いろいろ仕事を教えてもらって、とにかく3年頑張れ、我慢しろと言われて、それで何とか3年頑張って、3年頑張ったら今度は5年我慢しろと言われて。5年やっている間にいろいろな経験させてもらったので、建築という、大工という楽しみというか醍醐味みたいなものを身に付けさせてもらったので、そのまま大工の道に入って今に至るという感じですね。

編集部:5年経って、その師匠のところから独立したんですね。

結城:その頃は景気が悪くて、大工工事が激減した時期だったんです。独立というか、師匠から仕事の状況が厳しいから一人でやれと言われて一人でやるようになったんですが、やはり厳しかった。知り合いの大工さんのところに手伝いに行きながら仕事をしていたのですが、東日本大震災が起きまして。それでまた師匠のつてで名取の会社に行ったんです。そこで4年か5年ぐらい仕事をしていたのですが、サカモトの柴田町内の仕事に師匠が来ていて、師匠が「おまえ、こっちにきたらいいんじゃないの?」と誘われまして・・・。

試しにちょっと行ってみようかなと思って、サカモトの現場に来たんです。こども園の建築だったんですが、若い大工さんがいっぱいいるんです。佐藤くんもそうですが、同じぐらいの年代の大工さんがほかにも3、4人いて、こんなに若い大工さんがいっぱいいるのは初めてだったので、ちょっと新鮮でした。私が大工になったころ、周りはみんな年配の職人さんたちばかりで、同世代は誰もいなかったので。それで、その施設の仕事が終わりに近づいた頃、当時は課長だったんですけど、鈴木次長に「サカモトの仕事をやらせてください」と伝えました。それから手間請けで仕事をさせてもらって2年が経った頃、「社員になるという道もあるよ」と声をかけてくれて、それで社員になって、今、2年くらいです。

編集部:結城さんがサカモトの仕事に初めて関わった時、佐藤さんはもうサカモトで仕事をしていたんですね。

佐藤:そうです、していましたね。自分が高校を卒業して、父親が勤めていた工務店に行くようになって、その頃、その工務店がサカモトの建売の仕事をしていたんです。

編集部:佐藤さんは迷いなく大工の道に入ったんですか?

佐藤:そうでもなかったんですよ。自分のときはちょうど就職難のころだったので、まず鳶の会社の面接を受けて駄目で、高校卒業までに何とかしろと言われて、父親が行っていた工務店に面倒見てくださいと言って、行くようになってからですね。自分はおとなしく机に座れないタイプで体を動かしているほうがいいので。基本的にものを作るのが好きだったし、そういう流れです。それで仕事を始めて4年くらいでサカモトに移って、2年前に結城さんと同じ時に社員大工になりました。

初めての挑戦が続く現場で

編集部:皆さんそれぞれからご覧になって、最初にこの場所にモデルハウスを作ると聞いたときは、どんな印象を持たれたのでしょうか?

鈴木:ここで本当に大丈夫かな、と。今でこそ、こういうふうに整えられてきましたが、当時は、雑木がうっそうと生えていたし、車が入ってくるルートをどう作るかの検討も必要なくらい・・・。もちろん電気も来ていない、水はない。敷地は狭いわけではないのですが車で入りづらい・・・、そういった立地だったので不安でいっぱいでしたね。

結城:そうですよね。われわれは最初、墨付けと刻みを会社の倉庫でやっていたので、ここの現場での仕事はなかったんですが、電気がないんだよということで、どうなることやらという感じでしたよね。でも、ここまで手の込んだ建物でないにしても、サカモトでは木の家に力を入れていて、そういう建物を何軒かやらせてもらっていたので、この立地にこういう建物なら無くは無いなと思っていました。不安もあるし、楽しみもあるし、半分半分ですね。

編集部:電気は、結局どうされたんでしょうか?

鈴木:下に井戸を掘って、ポンプで水を上げるのに電気が必要で、電力会社に交渉して下に電柱を立てて電線で電気を引っ張ってきているんです。工事中の仮のものです。何故、仮なのかと言うと、さとのえは、エネルギー棟も建てて太陽光で蓄電して、その電気を母屋でも使う計画なので。

佐藤:電動工具の心配もしていました。会社ではバッテリータイプのものは使っていないので電気が必要だし。

結城:道具を全部、買い替え無いといけないと会社に交渉したんですが、却下されて(笑)。でも、結局は思ったほど、電動工具に頼る仕事ではなかったんです。ひとつひとつ、手作業でやる仕事が大半だったので。

編集部:なるほど、手仕事、手作業が大切にされているサカモトさんならではのエピソードですね。皆さんそれぞれに、一番ご苦労されたことは、どんなところでしょうか?

結城:さとのえの建築は、一本一本、すべて条件が違うので、墨つけがとても大変でした。一般住宅だと、例えば、1本の柱があって、三尺離れたところの柱も同じ条件で、同じ刻み方ができるというのが普通なんですけど、ここは一本一本が全部条件が違うので、それぞれに考えないといけない。本当に苦労しました。

編集部:1本1本、条件が違うというのは?

結城:さとのえのは、「あらわし」と言って、木の構造を隠さないで全部を見せる建築です。だから、墨つけを考えるときに、1本1本、どういう風に使えば綺麗に見えるかということを最優先して考えてやっていくんです。例えば、1つの部屋で完結するのでは無くて、吹き抜けで上まで繋がるものもあれば、次は1階で止まるものもあったりします。

鈴木:複雑ですからね。上がり下がりも多いんです。高低差と言ったらいいのか。梁が一直線でなくて、いろいろな組み方を、下に梁を設けて、その上にかませる。そうすることで材料を無駄に切らなくてもいいし強度も出るんですけど、加工するほうは、その上がり下がりを計算して行う必要が出てくるので、技術も必要だし、時間と労力は全く違うと思います。構造的にも美しいと私は思うんだけど、ただ一辺倒に組まれているのではなくて、上がり下がりがあることで強度が高くなって、構造的にも構造美としてきれいに見えると思います。

結城:墨付けさせてもらう時は、どの現場でも大変は大変なんですが、ここはレベルが違う。墨付けしている間は夜によく眠れなくて、気になって気になって頭から離れないんですよ。夢にも出てきて(笑)、起きてからはっと思い出して、次の日にすぐにトシ君(佐藤さん)に相談して修正したりしたこともありますね。

鈴木:夢に出るくらい真剣だったということだよね。1階の縁側にある木製サッシも初めての体験でしたね。今まで担当したのは、2階にあるようなアルミサッシばかりでしたので、どうやって収めるかとか、これは本当に苦労しました。

編集部:地元の建具屋さんにお願いして?

鈴木:はい。建具屋さんも技術的には難しかったと思いますけど、それをはめ込むまでにするのがやはり難しい。溝の加工とか位置とか、建具が収まったときになるべく空気が入らないようにとか。そういうことを工夫してやらないと、すき間風が入ってしまいます。

編集部:外からみて木製サッシが並ぶ縁側がとてもきれいで優しい表情ですね。佐藤さんは、どうですか?

佐藤:そうですね。ここまで手の込んだのは初めてだったので、まずちょっと形にしてみようと言って、結城さんと骨組みの模型を作ったんです。ホームセンターに行って、小さい角材を少し買ってきて、イメージを沸かせようと。簡単かなと思って作り始めたけど、やっぱり構造自体が複雑だったので、模型もそれはもちろん複雑でした。

鈴木:加工しているときも、その模型を見ながら、もう少し下だねとか上だねとか、そういう話ができて立体的に想像できたので、私としても楽でした。

編集部:伝統的な技術を大切にしながら、どんどん新しいチャレンジを重ねる。さとのえは、そんな場所でもあるわけですね。新しいチャレンジが多い分、現場の皆さんは、いろんな場面で達成感もあったのでは?

鈴木:そうですね。今回私はいろいろな初めてのことが多かったので。母屋の台所にペチカを作って、ペチカが完成して火を入れたときとか、先ほども言いましたが、木製サッシがはまって、きれいに動くようになったときとか、養生を取って床板があらわになったときとか、そういったときはやはりその都度都度、やはり喜びとか、いいなというか、そういう気持ちになりますね。

それから屋根で見えないですが、屋根の下には「そよ風」という空気を循環させるシステムが入っているのです。それも今度、動かしてみることになっているので楽しみです。

床下には架橋ポリエチレン管を入れていて、エネルギー棟の薪ボイラーで床暖熱を取るシステムがあるんですが、それもこの冬は運転できなかったので、来春運転してみて、どれぐらい効果が出るかとか、その辺はまだ楽しみでもあります。

結城:今もこうやって、この場所を使って話しているではないですか。そうやって使い始めて初めて達成感のようなものを感じてきているところですね。ここの使い方などをいろいろ会社としても考えているようなので。そうやって使ってくれて初めて達成感も増してくるのではないかなと期待しています。

編集部:建てて終わりでは無く、またそこからの展開が楽しみですね。さっき、屋根の下に空気循環のシステムを入れているというお話があったのですが、屋根の構造も特殊になっていたのでしょうか?

結城:そうなんです。ここは屋根が普通とは全然違う、五重構造になっていて、説明するのが難しいんですが、斜めに板を張ったりとかして、普通の一般的な屋根とはもう全然やり方が違って。断熱材もこの屋根の中で収まっているので、それをやりながら下地の材料を張ってから、見えるところは化粧の材料を張って、断熱やってまたその上にその上にという感じで、五重構造になっているんです。これも初めてのことで、屋根工事が終わりまでは気が抜けなかったですね。

鈴木:断熱の取り方と、あと意匠的なところがあります。先ほどの斜め張りというのは、屋根面で強度を取るために、ただ真っすぐ張るのでなくて斜めに張って、構造的な強度を取るためにやっているということです。

佐藤:ここまでの複雑な構造になっている屋根は自分も初めてで、そよう風というシステムも初めてで、いろいろと手探り状態だったので、大変でしたね。建て方の時は、手伝いの大工さんもきましたけど、ほぼ、結城さんと二人で最後までやり切ったので、やりがいはありました。

鈴木:これから、エネルギー棟の建築に入るんですが(母屋とともに2023年4月に完成)、今度は古材も組み合わせて使ってみよう、土壁を作ろう、かまどを作ろうとか、そんな計画なので、こちらも大変でしょうけど楽しみでもありますね。

教わったことを守り、そして次の世代へ

編集部:今、農業や伝統工芸や、いろんな分野で後継者不足が問題になっています。そのあたり、皆さんは、何かお考えになっていることがありますか?

鈴木:大工にかかわらず建築業界では、社員では無く請負で仕事をする場合、業界で1日の日当が決まっていて、例えば1日1万5000円とか2万円とか。若い人が仕事をして、何年も続けて技術が上がっても、その日当は変わらない。つまり給料が上がらないんです。

だからやりがいがあるんだけれど、お金に反映されないというのがすごく問題で。このシステムがある限り、ずっと大工さんとか建設業に働いている職人さんたちの地位が上がっていかないですよね。サラリーマンとか公務員とか、どんどん給料もベースアップしていくのに、職人さんたちはそのまま変わらない。そこに見合った賃金とか配当を今後考えていかないと、どんどん人が少なくなる。

われわれは今後、結城さんとトシ君のような社員大工を増やしていって、育てていこうというのが会社の考えなんです。環境のためにも、地域のためにも、お客様もためにも途絶えさせるわけにはいかない仕事なので。

結城:技術の継承というのは私が一番大切に思っていることです。年齢が若いトシ君と一緒にやっていますが、墨付けを覚えてやってもらう機会もつくって・・・。
先ほど話した山形の師匠は、私が大工になって墨付けとかを教えてもらっている頃に、予め工場で木材をカットしていく、プレカットのやり方が出てきて、周りはあっという間にプレカットに移行したんです。師匠も本当はプレカットでやりたかったと思うんです。でも、やらせなかった、やらなかったんです。物件があるときは必ず私に墨付けさせて手刻みを教えてくれていたんです。それは師匠の元を離れる時まで続いて、どんなに小さな仕事でも墨付けして、手刻みして・・・。そこで経験したことが、今に生きてきているんです。そういうことを私も継承していきたいと思ってます。教えられるものは全部、若い人に教えようというつもりでいます。

編集部:とても大切なお話が聞けたと思います。最後に、これから家づくりを考えている方や、さとのえに見学に来たいと考えてくださる方々に、メッセージをお願いします。

鈴木:新築の家づくりは、そう何度もできるものではないし、一生に一度のことだと思います。だからこそ、いつも早く帰りたくなるような家を作ってほしいなと思います。商品的な家でなくて、商品として買うというのではなく、人生を一緒に歩んでいけるようなパートナーとしての家、そういった家づくりを目指してほしいですね。

われわれがつくるような、こういう木の家だと、もちろん手がかかりますし、時間もかかります。一般に比べればやはり金額もかかってしまいますけど、それに耐えられる、それよりも価値のある、長い時間ずっと一緒に育っていく、築き上げていける住宅だと思うので、そこにやはり価値観を見いだしてほしいと思いますね。まずは来て、見てもらって、そこから新しい人生が始まってほしいですね。

佐藤:やっぱり、本当の木の家って、中に入ってみて初めて良さがわかると思うので、さとのえに見学に来て、その良さを体験して欲しいですね。

結城:木の家に興味がない人でも、一度はみて欲しいですね。1本1本の木の美しさを出して木を使えるというのは、うちの一番の強みだと思います。なので、木の美しさとか空間の居心地良さを存分に感じてもらいたいですね。

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2022年4月取材
取材・文 簑田理香(もりのわ編集部)
写真  佐々木信也・簑田理香